【日本と世界の平和を求めて】
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  日本と世界の平和を求めて
        
   3月12日          
日本と世界の平和を求めて最近の週報に掲載された文章をここに掲示します。このページへの来訪者のみなさん、共に日本と世界の平和を求めて主が十字架と復活の人生とみ業によって、わたしたちに与えて下さった永遠のいのち・隣人愛と人類愛を共に生きてまいりましょう。 
   

   避難指示解除の飯舘村
         帰りたいけど、帰れない

                           (3月12日掲載)

 3.11から明日で丸6年。テレビでは多くの局が東日本大震災の特集を組んでいる。しかし、原発事故の苛烈な実態を報じるものは少なく、なかでも、安倍政権に尻込みしているのか、国の原発政策に対する批判的な報道はほとんど見られない。そんななか、昨日9日の『報道ステーション』(テレビ朝日)では、綿密な取材を通して、国が定める放射線量基準の“ダブルスタンダード”を真っ向から批判した。 安倍政権は本日10 日、復興推進会議と原子力災害対策本部の合同会議を開き、避難指示地域について、福島第一原発がある双葉町と大熊町の一部を除き、帰還困難区域などを除いた全地域で解除することを決定した。すでに今月末に飯舘村の帰還困難区域を除く全域と、川俣町の一部地域の避難指示を解除することが決まっていた。同時に今月末には「自主避難者」に対する仮設住宅の無償提供などの支援を打ち切る。県が把握する「自主避難者」は、昨年10月時点で1万世帯以上にものぼっている。安倍政権による“帰還政策”は待ったなしだ。しかし、解除する避難指示区域は、はたして、人々が容易に生活することのできる場所なのか。9日の『報ステ』では、富川悠太アナウンサーが飯舘村から生中継を行った。
 飯舘村は福島第一原発から約40キロメートルの地点に位置する、農業や畜産業を中心にした村で事故前には約6000人が住んでいた。原発の補助金は出ていない。事故発生後、すぐには避難指示が出なかったが、原発の爆発で撒き散らされた放射性物質が強い風に乗り大量に浴びた。富川アナが立つ場所のすぐ後ろには、おびただしい量の“黒い物体”が山積みになっていた。汚染土を詰めた袋だ。こうした状況が、飯舘村のあちらこちらで見られるという。
 番組が取材した飯舘村の酪農家・長谷川健一さんは、2011年5月を最後に、家族で別々の場所への避難を余儀なくされた。自宅の前は除染で削り取られた汚染土が積載したままだ。撤去の目処は立っていないという。国は避難指示地域で除染作業を行ってきたが、その基準の毎時0.23マイクロシーベルトは、一般の人の被曝限度である年間1ミリシーベルトから導かれたものだ。ところが、長谷川さんの庭先で線量を調べると、毎時1.2?1.3マイクロシーベルトを計測。除染基準の約5倍の数値である。
 なぜ、こんな高い数値が出るのか。長谷川さんは、「山が(放射性物質の)供給元だと私は思う」と語る。実は、飯舘村の約7割を占める山林では除染はほとんど行われていないのだという。「線量が除染によって下がったという場所は非常に限られた場所なんですね。全体的に下がったということは決していえない」「現実に土壌の汚染度合いを調べてみても、やっぱり汚染されてるから。それがはたして、われわれがここで牛乳を生産してね、(略)『安心、飲んでみろ』って、そんなこと言えない。やっぱり、これは」はたして、これで本当に除染が進んだと言えるのか。国は年間線量が20ミリシーベルト以下になった地域から避難指示を解除するが、これは一般の被曝限度である年間1ミリシーベルトの、実に約20倍の数値だ。しかもこの数値は事故直後、内閣官房参与だった小佐古敏荘東京大学教授が「この数値(年間20ミリシーベルト)を乳児、幼児、小学生に求めることは私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と涙ながらに訴えて参与を辞任するきっかけとなった数値でもある。『報ステ』は、この年間20ミリシーベルトの基準の根拠を取材。そもそも、事故直後に政府が避難指示の基準とした20ミリシーベルトという数値の基準の拠り所は、専門家による国際学術組織・ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告だという。番組はフランスに飛び、ICRP副委員長のジャック・ロシャール氏に話を聞いた。すると、ロシャール氏は驚くべき事実を口にしたのだ。「年間20ミリシーベルトの被曝は長期間続くと安全ではない。ICRPでは『事故後の落ち着いた状況では放射線防護の目安は1?20ミリの下方をとるべき』と勧告している」つまり、もともとICRPは「20ミリ」では危険との認識を示していたのである。実際、同じく『報ステ』が取材したICRPの甲斐倫明専門委員も、「(事故直後の)20ミリというのはある意味で緊急時の数値でしたから、こういう環境回復の段階ではもっと別な数値を選んで、20ミリと1ミリの間のなかで目標値を立てて、1ミリに近づけていきなさい、と」「そういう数値を設定しなさいというのがICRP的な考え方なわけですね」と語っている。繰り返すが、帰還基準の20ミリシーベルトは、通常時の年間被曝限度の20倍だ。しかも、ICRPが示していたのは「20ミリ」ではなく「1ミリに近づける」ということだった。『報ステ』はこの“二つの基準値”を「ダブルスタンダードではないのか」と強く疑義を呈したうえで、再び、富川アナのいる飯舘村から生中継する。
 もともと農地だったその場所には、汚染土を入れた大量の袋が積み上げられている。袋には「遮」の文字が。これは、汚染土を入れた袋の周りを、通常の土を入れた袋で囲って“壁”をつくっていることを意味する。大量の袋と富川アナの距離は、約10メートルほどだろうか。その状況で、富川アナが線量を計測した。0.77マイクロシーベルト。除染基準の3倍以上の数値だ。そうした環境で、政府は避難指示を解除、自主避難者に対する援助を打ち切るのだ。もちろん、今回の避難指示解除で、故郷に戻ろうと考えている人も少なくない。だが、食品売り場を始め、医療や介護施設などのインフラは整っておらず、主な産業である農業や畜産業の再開も、いばらの道だ。当然、健康被害への不安も尽きない。帰りたい、けれど帰れない。そういう人がたくさんいるのだ。前述した飯舘村の長谷川さんも、いずれは故郷に戻りたいと考えている一人だ。だが、現段階ではそれは難しいとも吐露する。『報ステ』のなかで長谷川さんはこのように語っていた。「東京が1ミリ(シーベルト)で、なんでここが福島が20ミリなんですか? まったくの差別でしょ、こんなのは」「ものすごい私は怒りを覚えますよ。なんでわれわれだけがそうなんだ」「その尺度はどうやって決めたんですか。だから安全なんですか? 誰もわかりません。それじゃおかしいでしょ」(リテラより)
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